読み解く=子の連れ去り 親権は… 罪問われない日本 ハーグ条約加盟 矛盾が表面化

2014年04月01日 14:26

 

(2014年3月31日掲載)

 国際結婚の破綻で片方の親が子どもを国外に連れ去ることを違法とし、いったん元の国に戻すことなどを定めた「ハーグ条約」に4月1日、日本が加盟するのを機に、国内での子どもの連れ去り問題にも焦点が集まり始めている。日本では、片方の親が子どもを連れて家を出ても原則、罪には問われず、養育をめぐるトラブルに発展することも少なくない。調停や審判では、連れ去って一緒に暮らしている親が親権を得る場合が多く、“連れ去り勝ち”ともいえる現状の改善を求める動きが出ている。

 「甘えたいときも、この子はほかの子のように『ママ』と泣くこともできないんだと思うと、つらくて…」。九州北部に住む30代女性は、スマートフォンに保存した、まだ幼い長男の写真に目を落とした。

 女性は2年前、夫と話し合い、離婚を前提に1歳の子どもを連れて別居。週末、子どもを夫に会わせていたとき、夫は子どもを連れたまま姿を消した。

 夫の実家にいることが分かり、何度も訪ねたものの会わせてもらえず、子どもの引き渡しを求める審判を申請。家裁は女性の申し立てを認めたが、夫が抗告。高裁では「今は夫に懐いており、子どもにとって監護者の変更は精神的影響が大きい」として逆の決定が出た。連れ去りから約1年がたっていた。

 日本では年間約23万5千組が離婚し、うち6割に未成年の子どもがいる(2012年度)。12年の司法統計によると、子どもに会えなくなった親などが子の引き渡しを求めた調停や審判の申し立ては2761件で、10年前の3倍を超える。だが、女性のケースのように、子どもを連れ去って一緒に暮らしている親の方に「監護実績がある」として親権や監護権が認められる場合が多いといわれる。

 子どもを連れ去られた親たちでつくる「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」は09年から、連れ去りを防止し、面会を保障するための法整備を国会に請願し続けた。これを受け、超党派の国会議員が18日、「親子断絶防止議員連盟」を創設。初会合では、ハーグ条約に矛盾している国内の状況を是正するよう求める意見が相次いだ。

 女性は月1回、息子と会えるようになったが、以前のようには懐いてもらえない。

 「会えなかった時間は取り戻せない。こんなことがまかり通るなんて理不尽すぎる」 

 ●面会取り決め義務なく 欧米では離婚の条件に DV、虐待への対応も急務

 日本で子どもの連れ去り問題がこじれる背景には、離婚後は両親のどちらかが親権を持つ単独親権を採用していることがある。夫婦の同意と書類の提出だけで成立する協議離婚が9割を占める中、離婚前に子どもとの面会などについて取り決める義務はなく、後々尾を引く結果となっている。

 共同親権を採っている欧米では、面会や養育費について取り決めなければ離婚はできない。一方の親との交流が途絶えることは、子どもの成長に悪影響を及ぼすとの考えからだ。

 日本では離婚した夫婦のうち、子どもを引き取らなかった親が離婚後も子と面会しているのは30%。離婚時に面会について取り決めていたのは22%しかない(2011年度全国母子世帯等調査)。12年施行の改正民法は離婚時に面会などについて決める必要性を盛り込んだが、義務ではない。

 兵庫県明石市は4月、離婚届を取りに来た夫婦に「こどもの養育に関する合意書」など2種類の用紙の配布を始める。拘束力はないものの、面会の頻度や養育費について離婚前に決めておくよう促す取り組みだ。

 一方で、連れ去りの理由がドメスティックバイオレンス(DV)や虐待というケースもある。NPO法人・全国女性シェルターネットの近藤恵子共同代表は「子を連れて逃げるのは精神的に追い詰められた末の行動。それを禁止したり面会を義務化したりすると、逆に子を危険にさらしかねない」と危惧する。

 欧米では離婚申請後、DVなどが疑われる場合は、警察や裁判所が徹底的に調査し、刑事処分を科したり、面会の可否を決めたりする。これに対し日本の調査体制は脆弱(ぜいじゃく)で、ハーグ条約加盟がDV対策の遅れも浮かび上がらせた形だ。

 棚村政行早稲田大教授(家族法)は「連れ去りの問題を子ども目線で解決しようという動きが日本でも出てきたのは歓迎したいが、DVや虐待被害者をきちんと守る態勢を整えることが前提だ」と話している。

 

 

ハーグ条約

 正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」。1980年にオランダ・ハーグの国際会議で採択された。今年1月現在、91カ国が加盟。日本は主要国(G8)で唯一未加盟だった。国境を越えた連れ去りは生活基盤の急変など「子に有害な影響を与える可能性がある」として、16歳未満の子を一方の親が勝手に国外へ連れ出すことを違法としている。

 子を奪われた親が返還を申し立てた場合、相手国は子を捜し、両国が面会や返還のあっせんをし、当事者間での解決を促す。不調に終わった場合は、裁判所の返還命令を経て子を元の国へ返さなければならない。ただ、虐待など子に危害が及ぶ可能性がある場合は、返還を拒否できる。